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BLOG

2020.01.10

「スターマン」あるいは火星上で生きるための哲学 
Starman or: A philosophy for living on mars?

Category : アート
Author : 宮崎哲弥

”スターマンが空で待っている 彼は会いに来たがっている だけどみんなのアタマを狂わせるんじゃないかと気にしてる スターマンが空で待っている 彼はみんなのアタマを狂わせたりはしない だってそれこそがかけがえのないものだと知っているから 彼はこう言ったのさ 子どもたちよアタマをカラにしよう 子どもたちよアタマを使おう すべての子どもたちのブギのために”

 

1972年7月6日の木曜日、デヴィッド・ボウイは、ひと月前にリリースされたばかりの新曲《スターマン》をBBCの人気番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』で披露、一大センセーションを巻き起こす。

後に1964年2月に米国上陸を果たしたビートルズのエド・サリヴァン・ショー出演に匹敵する事件だったとも言われ、英国住民の四分の一以上が観たとされるこの伝説的なパフォーマンスの衝撃を、当時12歳だった左派の哲学者サイモン・クリッチリーはこう語る。「パンツスーツを着たこのオレンジ色の髪の毛の生き物がその腕をなよなよとギタリストのミック・ロンソンの肩に回すのを眼にしたとき、わたしは口をあんぐりと開けてあっけにとられてしまった。わたしを直撃したのはその歌のクォリティというわけではなく、ボウイの外見から来るショックだった。それは圧倒的だった。彼はじつにセクシャルで、じつに機敏、とてもいたずらっぽく、そしてとても奇妙に見えた。彼の顔は秘密の約束に満ちているように見えた──それは未知の快楽の世界への扉だった。」(田中純訳)

同様に、「“スターマン”が聞こえてきて、彼を『トップ・オブ・ザ・ポップス』で観た瞬間、夢中になった。学校の友だちはみんな「『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出てたあいつら、見たか? ありゃ、絶対にオカマ野郎だぜ!」と言っていた。でも僕は心の中で「この愚か者たちが」と思った。自分だけがイケてると思えた」と語るのはエコー&ザ・バニーメンのイアン・マッカロク。

さらに、デイヴ・カーンの証言──「ボウイは僕に人と違う生き方があることへの希望をくれた。彼がいる別世界があると。それは一体どこなのか。僕はそれを見つけたかった。彼が同じ地球の生き物だとは思えなかったんだ」。

子供たちが見境もなく熱狂し、親たちが眉をひそめて困惑する光景は、’64年のビートルズの初訪米時の状況と大差ないが、当時のボウイのルックスやパフォーマンスには、ある種の異端者(アウトサイダー)たち──クリッチリー氏曰く、「知的欲求不満になっていた平凡な少年少女たち、たぶんとくに少し疎外された子供たち、退屈していて、あるがままの自分であることにひどくばつの悪い思いをしている子供たち」──に対してとりわけ強く語りかけてくるような魅力があり、言い換えれば、ある種のOddity(奇人変人)好みのコンセプト──宇宙からやって来て世界に創造的刺激を与え再び宇宙に還っていく異星人を演じるロック・スター“ジギー・スターダスト”を演じるボウイという二重三重に手の込んだキャラクター設定──に基づいたものだった。

実際、ボウイが歌う“Children’s Boogie”のメッセージをリアルタイムで正確にキャッチできたのは、当時8~12歳くらいの、「少し疎外された」一部の子供たちだけだったのかもしれない。

2016年1月10日のボウイ逝去に際し、保守系名門誌『ナショナル・レヴュー』は、彼を「最後の本物のルネッサンス的教養人のひとり」と呼んだ。政治コラムニストのノア・ミルマンは、『アメリカン・コンサヴァティヴ』にこう書いた。「『デヴィッド・ボウイが死んだ』というのは、何かまったくあり得ないことのように思える。『光と音楽のビームに乗って故郷の星に連れ戻された』という方が、まだあり得ることのように思える」。

一方、2016年1月13日付の日本経済新聞は、このように書いた──「『火星から来た宇宙人』を名乗り、ウルトラマンをまねたような扮装で歌い踊る。子供だましと言えばそれまでだが、怪獣特撮ものやコスプレなどの日本のサブカルチャーを世界に広める大使的役割を担ってくれたことは忘れてはならない」。まあ、「子供だまし」という表現も別段まちがっているわけではないけれど……。

ボウイの愛読書のひとつでもあった『青ひげの城にて-文化の再定義への覚書』(1971)のなかで、文芸評論家のジョージ・スタイナーは次のように述べている──「ジャズやロックンロールの世界には古典的な学問教養の世界に見まがうほどの奥義伝授の階程があり、それはまず(日時計のラテン数字を読ませるような)入門時代にそこはかとない感銘を受ける段階から出発し、次第に訓詁注釈の厳密かつ博識な段階へと至り、ついに斯学(しがく)の奥義を極めるわけだ。同時に、この世界に立ち入るには年齢制限というものがあり、この点でポップ文化は人文学よりむしろ、現代数学や現代物理学に似ている。ポピュラー音楽の演奏や反応では、若者には伸長度、つまりは柔軟な適合性というものがあり、年長者にはそれがない。理由の一端はあっさり言って有機体の退化だろう。内耳の微妙な感覚器官が人間の二十代に硬化して鈍くなってしまうということなのである。」(桂田重利訳)

かくして論説委員を名乗り、ウルトラマンとボウイを混同するほどの認知症患者が、子供すら騙せない世迷い言を謳い驕る。恥知らずと言えばそれまでだが、日経新聞が日本のジャーナリズムの知的レベルの低さを世界に露呈させる道化師的役割を担ってくれたことは別に忘れてもかまわない。

さて、ボウイのイメージを決定づけた「パンツスーツを着たオレンジ色の髪の毛の生き物」が歌う《ジギー・スターダスト》を引き合いに出すまでもなく、アポロ11号による人類初の月面着陸の直前にシングル・リリースされた実質的なデビュー曲ともいえる、宇宙飛行士の孤独をテーマにした《スペース・オディテイィ》から、火星に生命(人生)はあるのかと問う名曲《ライフ・オン・マーズ?》、あるいは映画『地球に落ちてきた男』(The Man Who Fell to Earth, 1976)で演じた異星人、さらには遺作となった『★(ブラックスター)』まで、ボウイと宇宙(人)のイメージは、容易に接続可能だ。

ボウイ本人は、自身の分身(ペルソナ)であり、宇宙からやって来る〝スターマン〟到来を予言するロック・スター「ジギー・スターダスト」の着想源の一つは、忘れられた英国人ロックンロール歌手ヴィンス・テイラーだと語っている。また、1973年にRolling Stone誌に掲載されたウィリアム・S・バロウズとの対談で、カットアップ/フォールドイン・メソッドで書かれた『ノヴァ急報』とジギーのコンセプトの類似性についても言及している。

一方で、SF小説の大御所ロバート・A・ハイラインの『異星の客』(Stranger in Strange Land、1961)との類似性を指摘する声もある。「SF界で最も有名な、というよりおそらくは最も悪名高い作品の一つ」ともいわれるこの長大な小説は、火星からやって来た類まれなる美貌の青年が、その地球とは大きく異なる思想と超人的能力によって地球上のあらゆる制度を震撼させ、世界連邦政府につけ狙われながらもやがて大富豪となり、ついには火星の思想に基づいた新興宗教の教祖となって、“ホモ・スペリオール”と称される信徒に囲まれ、挙句の果てに反宗派の民衆によって虐殺されるという、ヒッピー好みのブッ飛んだストーリー。

対して、ボウイ自身の説明による舞台版『ジギー・スターダスト』のストーリーとは、次のようなもの。

政府から地球の天然資源が枯渇し、世界はあと5年間で終末を迎えるとの公式発表がなされる。ショックを受けた主人公ジギーは夢の中で、スターマンの到来を書くようにという〝究極の神々〟からのお告げを聞いて《スターマン》という歌をつくり、自分のバンド、ザ・スパイダーズ・フロム・マーズを結成、宇宙からの使者が地球を救いに来ると歌いスーパースターになる。しかし、実際の彼らは、ブラックホールを抜けて宇宙を渡り歩く単なる旅人(ストレンジャーズ)であり、地球がどうなろうと知ったことではなかった。ところが、ジギーは自分の言ったことを信じきっており、やがて訪れるスターマンの地球におけるメッセンジャーとして、予言者気取りで若者たちの精神的指導者のように振る舞う。そこへスターマンが到着し、もともと反物質である自分たちが地球的存在になるために、ジギーの身体を粉々にしてしまう。ジギーが死ぬやいなや、彼の器官を取り込んだ旅人たち=究極の神々は地球上の目に見える存在へと変身をとげるという(本人曰く、「俗受けする絵画」のような)SFファンタジー。

たしかに両者のストーリーラインは、重なり合う要素を持っており、当時ボウイは、『異星の客』の映画化で主演を務める予定もあったらしい。結局その企画は流れ、1976年に、『異星の客』に気味が悪いほど酷似したプロットを持つウォルター・テヴィス原作によるSF小説『地球に落ちてきた男』(The Man Who Fell to Earth、1963)の映画化として姿を変えて結実した。それから40年後、遺作となった舞台劇『ラザルス』の中で、この映画の主人公トーマス・ジェローム・ニュートンを召喚したボウイは、自らの死を意識しつつ、このキャラクターにどんな思いを馳せていたのだろうか。

ところで、徹底した個人主義者であり、おそらくリバタリアンでもあったハインラインは、死後に出版された自伝Grumbles From The Grave(未邦訳)の中で、“オレンジ色の髪の毛の英雄”ハワード・ロークが登場する『水源』を読んで深く感銘を受けたこと、また、代表作『月は無慈悲な夜の女王』に登場する火星のスーパー・コンピューター「マイク」のモデルは、『肩をすくめるアトラス』の“英雄”ジョン・ゴールトであったことを打ち明けている。

事実、『月は無慈悲な夜の女王』には「おまえはおれたちのジョン・ゴールトだ」という台詞も出てくるが、それらを踏まえると、『異星の客』の危険な“スーパーヒーロー”ヴァレンタイン・マイケル・スミスのモデルもまたじつはジョン・ゴールトであるという「仮説」も俄然、信憑性を帯びてくる。(10年近くにおよぶ沈黙の後、2013年初頭に突如発表された『ザ・ネクスト・デイ』収録曲《ヴァレンタインズ・デイ》で、「ヴァレンタイン」という名前を繰り返し執拗に歌うボウイは、高校乱射事件を題材にすることで聴き手を煙に巻きながらも、あらためて『異星の客』との関連性について目配せしているようにも思える。)

ボウイはロック界随一の読書家でもあり、ボウイの息子ダンカン・ジョーンズは、父デヴィッドを“読書の魔獣”と評しているほど。その楽曲の中にはあらゆる時代の哲学書や文学作品からの引用・参照を見てとることができる。

たとえば、前述の《ユー・プリティ・シングス》には、「来るべき種族」(The Coming Race)という言葉が出てくるが、これは、エドワード・ブルワー=リットン卿の反ユートピア的SF小説『来るべき種族』を参照しているという。そのことは2013年にボウイが英テレグラフ紙に公表した「100冊の愛読書リスト」にブルワー=リットンの代表作『ザノーニ』が含まれていることから検証できる。

その他、このリストには、ホメロス『イーリアス』やダンテ『神曲』といった古典文学から、保守主義の論客としても知られているT・S・エリオット荒地』(1922)、フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』(1925)、ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(1940)、一貫してマルクス主義を否認したカミュ『異邦人』(1942)、ナボコフ『ロリータ』(1955)、ケルアック『路上』(1957)、ランペドゥーサ『山猫』(1958)、三島由紀夫『午後の曳航』(1963)、ドン・デリーロ『ホワイト・ノイズ』(1985)等々の著名な現代文学、ナチズムとスターリニズムの同一性をいち早く見抜いたアーサー・ケストラー『真昼の暗黒』(1940)、ボウイの最も敬愛する作家であり、同名曲もあるオーウェル『一九八四年』(1949)、アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(1962)といった全体主義・高度管理社会を描いたディストピア小説や、ソ連で地下出版された政治的ポルノグラフィーを、共産主義に対抗する反体制派によるコミックのスーパーヒロインとして紹介(実は創作)したピーター・サデッキーの怪著『オクトブリアナとロシアの地下運動』(Octobriana and the Russian Underground、1971、未邦訳)の他、意識の誕生をめぐる壮大で大胆な仮説を提示した心理学者ジュリアン・ジェインズの驚くべき労作『神々の沈黙-意識の誕生と文明の興亡』(1976)、初期キリスト教における「正統」(初期カトリシズム)と「異端」(グノーシス主義)との相克の歴史を、当時の政治的・社会的状況との関わりにおいて新しく書き直した宗教史家エレーヌ ペイゲルスによる『ナグ・ハマディ写本-初期キリスト教の正統と異端』(1979)、さらには、恐怖政治によって人民が個人としての自由を剥奪され共産主義体制に組みこまれていく過程を詳細に解き明かした歴史学者オーランドー・ファイジズの『人民の悲劇:ロシア革命1891–1924』(A People’s Tragedy: The Russian Revolution, 1891-1924、1996、未邦訳)、反知性主義・反理性主義が横行し、愚かさとナンセンスをもてはやす米国民の知的劣化を無神論者の視点から鋭く批判したスーザン・ジャコビーの『アメリカにおける非理性の時代』(The Age of American Unreason、2008、未邦訳)等に加え、さまざまな画集、雑誌、コミックブックにいたるまで、驚くほど多岐にわたる。

ちなみにハインラインの初期作品に、『スターマン・ジョーンズ』(Starman Jones、1953)と『月を売った男』(The Man Who Sold The Moon, 1953)という小説があり、一方で、ボウイの本名がデヴィッド・ジョーンズ(David Robert Haywood Jones)であること、さらに初期の人気曲『世界を売った男』(The Man Who Sold The World)と同名アルバムのタイトルの類似性、さらには、息子ダンカン(幼名ゾウイ)の誕生を祝した初期の名曲《ユー・プリティ・シングス》の歌詞のなかで“ホモ・スペリオール”や“客人たち(ストレンジャーズ)”(あえて複数形にして煙幕を張っている?)といった言葉が繰り返し出てくることを踏まえると、ボウイの愛読書100冊リストに、自身の創作活動に少なからぬ影響を与えたにちがいないハインライン作品が含まれていないのは意外な気もするが、おそらく意図的に排除していると考えるべきなのだろう。

同様に、このリストにはアイン・ランドは1冊も含まれておらず、ボウイがランドを読んでいたという証拠もないが、以前から海外のファンのあいだでは前述の《ユー・プリティ・シングス》は、アイン・ランドにインスパイアされたという噂が根強くある。

「僕は来るべき世界に思いを馳せる/そこでは金色の人々(ザ・ゴールデン・ワンズ)によって数々の書物が発見される/それらは我々がここに来たのは何故か問うた人物の手によって/苦悩と畏敬の念によって書かれたもの/今日この地にやって来た客人たち(ストレンジャーズ)はどうやらここに居座る気らしい」

なるほど、このなかに出てくる「The Golden Ones」は、『アンセム』のヒロイン「The Golden One」を連想させる。また、この言葉の配置が、3番の歌詞の「The Coming Race」の箇所に対応していることも、書物からの引用を示唆しているようでもある。さらに、『アンセム』の後半に出てくる次の一節と照合すると、「金色の人々によって数々の書物が発見される世界」との類似性にあらためて驚くのではないだろうか。

「壁が棚でできている部屋が一つあった。棚には書物が床から天井までぎっしりと並んでいた。あれほどたくさんの書物は見たことがなかった。(中略)書かれている文字は驚くほど小さく、驚くほど一様だった。いったいどんな人たちが書いたのか不思議に思った。ざっと見たところ、書物はわれらの言語で書かれていた。だが意味がわからない単語がたくさんあった。明日からあれらの書物を読んでいくとしよう。」(佐々木一郎訳)

ただし、この場面で書物を発見するのは、ヒロインの〈金色の人〉ではなく、主人公の〈平等七‐二五二一〉なのだが、それはともかく、人一倍ディストピア文学に傾倒し、1974年には『一九八四年』のミュージカル舞台化を構想(ただしオーウェル未亡人の許可を得られず企画は頓挫)していたことを考慮すると、彼ほどの熱心な読書家が『一九八四年』と関連性の高い『アンセム』を素通りするとは考えにくい。

また、ボウイが生前最後に手がけたミュージカル舞台劇『ラザルス』において、ボウイによって演出家に指名されたオランダ人監督イヴォ・ヴァン・ホーヴェは、2014年にランドの『水源』を舞台化したことで知られており、指名にあたってボウイが原作の『水源』をすでに読んでいた可能性はきわめて高い。少なくとも、そう考えたほうがいろいろとつじつまが合うことは確かだ。

ボウイとランドの関係性をめぐっては、『ナショナル・レビュー』等にも寄稿している右派の論客であるロバート・ディーン・ルーリーが、We Can Be Heroes The Radical Individualism of David Bowie(2016)中でこのように書いている。

「デヴィッド・ボウイは、ポピュラー・ミュージック界──シナトラ、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジェームス・ブラウン、マイケル・ジャクソン、マドンナといった最高の成功を収めたアーティストたちがひしめく世界で、同レベルの成功を果たした誰よりも、ランディアン的アーティスト=ヒーロー像が理想とする一貫した具現化に肉薄したエンターテイナーだった。また、ひょろ長い体、射抜くような目、“熟したオレンジの皮とまったく同じ色の”髪を持っていたというハワード・ロークの描写が、ボウイの分身であるジギー・スターダストがメーキャップを落とした姿を思い起こさせることも、興味を引く。いずれにしてもハワード・ロークの雛形は、硬直的で適用できない面もあるものの、ボウイのキャリアを見通すためのプリズムとして役立つ。一言で言えば、ボウイは、かつて我々が目にした中で最もラディカルに個人主義的な、ポピュラー・エンターテイナーだった。彼は個人主義を押し進め、自らほぼ完全な芸術的自由を享受するまでに至った。現実世界にハワード・ロークはいない。だが我々にはデヴィッド・ボウイがいたのだ。」(佐々木一郎訳)

同書は、ボウイファンのみならず、ランドファンにとっても興味を引く内容なので、あらためて本サイトにて紹介したいと考えている。

さて、1972年の《スターマン》の大ヒットにより一気にスーパースターの座についたボウイは、翌1973年の『アラジン・セイン』や『ピンナップス』といったアルバムでも“ジギー”のコンセプトを踏襲するが、自身にまとわりつくイメージの固定化を嫌うボウイは、1年も経たないうちにそこからの脱却を図る。

その第一歩として、1973年の後半、前述したようにボウイはジョージ・オーウェルの『一九八四年』のミュージカル化を構想。だが、オーウェル未亡人にオファーするも許可は下りず、舞台化への野望は頓挫。そして、そのコンセプトを元に《1984年》、《ビッグ・ブラザー》、《死者の世界》といった同書にインスパイアされた楽曲を含む、ほぼセルフプロデュースによるコンセプトアルバム『ダイヤモンドの犬』を発表するのが1974年。歌詞作りにあたっては、バロウズ経由のカットアップ/フォールドイン技法を取り入れる等、大胆な発想と驚異的なペースで着実にキャリアを築いているかのようにみえた。

同じ頃──1974年3月6日に、ニューヨーク州ウェストポイントの米国陸軍士官学校で、アイン・ランドによる同校卒業生に向けた講演会が行われる。『誰のための哲学か?』と題されたこの講演は、実生活における哲学の効用について、ランドが自らの思想を軸に語ったものだが、この講演の冒頭で、ランドは次のようなSFショートショートを披露する。

「あなたは宇宙飛行士で、制御不能に陥った宇宙船が未知の惑星に墜落したとします。意識を取り戻し、命に別条がないとすれば、まず心に浮かぶのは次の3つの疑問でしょう。自分はどこにいるのか? どうすればそれがわかるのか? 何をなすべきなのか?

船外には見たこともない植物が生えていて、呼吸はできるようです。地球にくらべ太陽の光はうっすらとしいて、ずっと寒そうです。空を見上げようとした途端、あなたは突然ある感覚に襲われます。空を見上げなければ、ここが地球からあまりにも遠すぎて、もはや帰ることはできないと思わずに済む。その事実を認めなければ、好き勝手なことを信じていられる。そして、先の見えない霧がかった状況の中で、なんとなくやましさを感じながらも、ぬくぬくとしたある種の希望に浸ってしまいます。

あなたは船内の計器類に目を向けます。それらは深刻なダメージを受けているかもしれないし、その損傷の程度もわかりません。今度は恐怖に襲われます。計器類を信頼できるか。誤作動しないと確信できるか。この別世界でも正常に作動するのか。そして計器類にも背を向けます。

さて、あなたはなぜ自分が何もしたくないのか、いぶかしく思いはじめます。何かが現れるのを待っているほうがより安全なようにも思えてきます。むやみに宇宙船をいじるなと自分に言い聞かせているほうが、まだしも救いがあるような気がしてきます。すると遠くからなにやら生物が近づいてきました。彼らが人間なのかどうかは不明ですけれども、二本足で歩いています。あなたは決心します。何をなすべきかは、“彼ら”に教えてもらおうと。以来、あなたからの通信は途絶えます。」

このショートショートは、講演の本題に入る前のマクラとして、ランドが理想とする“人間のあるべき姿”と正反対に、現実から目を背け、他人の判断に身を任せ、最終的に自分を見失ってしまう“人間のあるべきではない姿”を戯画的に風刺した譬え話だが、逆の発想で、このシチュエーションを完全に反転させて考えてみたとき、ある1本のSF映画を思い浮かべる人はいないだろうか。

そう、2016年の2月に公開され、日本でも空前の大ヒットを記録した『オデッセイ』(The Martian、2015)は、「等身大のヒーロー像」を演じさせたら右に出る者はいないという意味において特異な大スター、マット・デイモン演じる主人公マーク・ワトニーが、火星探査の任務遂行中に不慮の事故に遭遇し、地球から2億2530万キロ離れた不毛の惑星にたった一人置き去りにされてしまうという、先述の小話を彷彿とさせる設定。

だが、映画の主人公が陥った状況はランドのストーリーよりよっぽど過酷だ。腹部にアンテナが突き刺さって負傷した上、地表には酸素も水もなく、平均気温はマイナス55℃。もちろん通信手段もない。酸素供給機が壊れれば窒息死。水再生機が壊れれば渇きで死ぬ。1か月間の対応を想定して設計された居住ユニットに穴が開けば減圧して爆死。たとえ奇跡的にそれらが起こらなかったとしても、次の火星探査ミッションまでは4年もあり、残された食糧が尽きれば餓死……。

この途方もなく孤独で絶望的な状況の下、主人公のマークは、ただ死を待つのではなく、「火星上で生きのびる」という最も実現困難な選択をし、自らの「理性」とそれを保つための「ユーモア」を武器に、“自分がどこにいて”、“どのような状況に置かれているのか”を冷静に見極め、地球に生還するというただ一つの「目的」のために、植物学者兼メカニカルエンジニアとしての科学的知識を総動員しながら、“今何をなすべきなのか”を考え、自らの合理的判断によって、直面する問題をひとつひとつ解決していく。

かつて「火星に生命(人生)があるのだろうか?」と歌ったボウイの問いかけに答えるかのように。あるいはまた、「生きていくために人は行動しなければならない。人は食物についての知識やそれを獲得する方法なくして食物を手に入れることはできない。目的の認識とそれを獲得する手段なくしては生きていくことはできない。生きていくために、人は考えなければならない」というランドの言葉を身をもって証明するかのように。

異色の経歴をもつ無家作家アンディ・ウィアーの原作『火星の人』を、映画界の頂点に君臨する巨匠リドリー・スコット監督が、俊才ドリュー・ゴダードによる秀逸な脚本を得、映像美優先の重厚長大な作風から打って変わって、宇宙開発の夢が現実に存在していた70年代のディスコミュージックに乗った軽快なテンポでストレートなストーリーテリングに徹したことが奏功したためか、日本国内での興行収入35億4000万円ロッテン・トマトのトマト・メーターでも91%という、観客からも批評家からも高く評価された本作は、あたかも、ランドが人間の悪しき見本として語ったショートストーリーを、ネガからポジに反転させ、彼女が提唱する哲学の最良の部分を映像に置き換えたかのような、人間の持つ可能性と理性の力を鮮やかに描ききったハリウッド製超大作だった。

だが、本作における最も感動的なシーンは、劇中に《スターマン》がフルで流れるシーンだろう。本作の米国公開は2015年10月2日だったが、日本ではボウイ逝去の直後、2016年2月5日に公開(全国814館で同時封切)されたために、奇しくもボウイ追悼としての効果が付与されたことは、単なる偶然以上のものがあるように、つい思えてきてしまう。

紆余曲折を経てマークの救出計画がようやく実現に向けて動き出し、事なかれ主義を是とするNASA長官の命令に逆らいながらも、当代きっての名女優ジェシカ・チャスティン演じる女性軍人の船長による指揮の下、ひとつの目的に向かってクルーたちが(自己犠牲ではなく)一人一人の意思決定により、一致団結して火星に向かう場面で、ふいに《スターマン》のイントロが流れ出した瞬間、思わず座席から身を乗り出し、スクリーンを凝視しながら胸を熱く焦がさなかったボウイファンはいなかったはずだ。

そのとき、ボウイの歌声は、ようやくジギーの呪縛から解放され、時空を超えて、人間の理性の勝利を高らかに謳いあげる“アンセム”となって日本中の映画館に力強く鳴り響いた。かつて英国の子供たちを熱狂させたときのように、「彼がいる別世界」からのメッセージとなって。

ランドは、自らの哲学を「地球上で生きるための哲学」と称したが、この映画は、図らずもランドの哲学が「火星上」でも有効であることを実証した映画だったといえる。もしもランドがこの映画を観たとしたら、心から惜しみない称賛の拍手を送るにちがいない。

〔参考〕Hang On To Yourself – David Bowie’s 50 Greatest Songs(Spotifyプレイリスト)

Photo: Dotted Yeti/Shutterstock.com