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2020.01.11

追悼ニール・パート

Category : 影響
Author : 宮崎哲弥

カナダが生んだプログレッシヴ・ロック界の雄、ラッシュのニール・パートが世を去った。

ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、ELP、ジェネシスといった英国出身の5大プログレバンドに比して、日本では知名度も人気もイマイチだったとはいえ、1974年のデビュー以来、、24枚のゴールド・レコードと14枚のプラチナ・レコードという、ビートルズ、ローリング・ストーンズに続く史上3位の偉業を達成した存在として世界的に知られていたラッシュ。

全盛期に発表された『フェアウェル・トゥ・キングス』(1977)、『神々の戦い』(1978)、『パーマネント・ウェイヴス』(1980)、『ムーヴィング・ピクチャーズ』(1981)といったアルバムは、いずれも圧倒的な完成度を誇る甲乙つけがたい傑作であり、360度に組まれたドラムセットを縦横無尽に駆使するニール・パートの超絶技巧が冴えわたっていた。

パートは、ドラムのみならず作詞担当でもあり、アイン・ランドからの影響を公言して憚らなかった(自身を‘Bleeding Heart Libertarian’ (情の厚いリバタリアン)とも称した)。

彼らの名声を決定づけたアルバム『西暦2112年』(1976)に収録された、レコードのA面全部を占める組曲《2112》は、アイン・ランドのSF小説『アンセム』にインスパイアされた壮大なロック・シンフォニーとして、ファンのあいだでも人気が高い。歌詞カードの冒頭には「Lyrics by Nei Peart、With acknowledgment to the genius of Ayn Rand」と記載されている。

『アンセム』では、いっさいの個人的自由が禁じられている集産主義に支配されたディストピアが描かれる。科学や文明が潰えた地獄のようなディストピア社会(そこに住む人々は完全に洗脳されて、そこが「地獄」であることに気づいていない)の中で、その誤謬に気付いた主人公〈平等七-二五二一〉(その社会では個人に名前はなく誰もが番号で呼ばれる)は、禁じられた地下世界に足を踏み入れ、文明の象徴としての「電球」を発見する。ラッシュの楽曲では、その代わりに「エレクトリック・ギター」が発見されるわけだが、いずれにしても、それが主人公を目ざめさせ、自由と解放に向けた個人的行動を踏み出すきっかけとなっていく。

ラッシュには、ズバリ、《アンセム》というタイトルの楽曲(邦題「心の讃美歌」、『夜間飛行』(1975)収録)もあり、その歌詞においてパートの個人主義が鮮烈に表現されている。

Know your place in life is where you want to be
気づけ おまえの場所とは おまえが望む場所
Don’t let them tell you that you owe it all to me
おまえの場所は俺が決めるなんて 奴らに言わせるな
Keep on looking forward, no use in looking ‘round
前を見続けろ 周りを見回しても無駄だ
Hold your head above the crowd and they won’t bring you down
頭を高く上げろ 群衆から飛び抜けろ そうすれば奴らもおまえを引き倒したりしない

Anthem of the heart and anthem of the mind
情熱の賛歌 頭脳の賛歌 それは
A funeral dirge for eyes gone blind
見えなくなった目への葬送歌
We marvel after those who sought
俺たちの心を震わせるのは この世の驚異を探し求めた奴ら
The wonders in the world, wonders in the world
この世の驚異を この世の驚異を
Wonders in the world they wrought
自分自身が作り出すこの世の驚異を

Live for yourself
おまえ自身のために生きろ
There’s no one else more worth living for
他の誰のために生きたって 自分のために生きる以上の価値はない
Begging hands and bleeding hearts
乞い求める手や 血を流す心臓は
Will only cry out for more
もっとくださいと泣き続けるだけ

Well, I know they’ve always told you
いつも奴らはこう言ってたんだろ?
Selfishness was wrong
自己中心なのは悪だと
Yet it was for me, not you
でも俺はおまえのためじゃなく
I came to write this song
俺自身のためにこの歌を書いたんだ

(佐々木一郎訳)

ちなみに、このアルバムの発表当時、ラッシュが採った方向性を左翼ジャーナリストのバリー・マイルズは、NME誌上で痛烈に批判し、メンバーとの論争に発展した

このときマイルズが敵視したのは、ラッシュの音楽性というよりも、アイン・ランドの思想そのものだった。集団としての権益ではなく、個人としての利益を何よりも優先するランドの思想は、リベラル派のマイルズとしてはガマンのならないものだったのだろう。

マイルズは60年代に、ヒップな本を販売するセレクトショップ「インディカ・ギャラリー」という書店を経営しており、ビートルズのメンバーも常連客だった。彼らにマルクス思想を吹き込んだのもマイルズだったと思われる。しかし、ビートルズは《レボリューション》のなかで、革命に必要とされる政治的暴力に対して拒絶的な態度を示した。賢明なジョン・レノンは、直観的に、それが理性の否定へと向かってしまう「哲学上の自殺」だと気づいていたのだろう。

ランドは、知識人のほぼすべてが左派であった時代に、母国であるソビエトロシアを「史上もっとも残虐な虐殺国」「地上最悪の独裁国家」と断言して憚らなかったが、同様に左翼ジャーナリストがウヨウヨしていた当時のロック・シーンにおいて、これ以上ないほどきっぱりとした個人主義を高らかに歌ったニール・パートほど、勇気のあるミュージシャンは存在しなかった。

英仏及びアジア系移民が混在する多民族国家カナダが生んだ国民的バンドとしてラッシュの刻んだ足跡とニール・パートの勇気が忘れられることはない。