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BLOG

2021.12.23

現代貨幣理論(MMT)とアイン・ランドの貨幣観

Category : 思想
Author : 内藤 明宏

今回のARCJ定例会では、ステファニー・ケルトンの著作『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済学の誕生』、およびアイン・ランドのエッセイである『平等主義とインフレーション』をベースに、同会会員の三上さんを講師としてMMTについてのディスカッションを行った。また、蔵氏、Mr.Lambertの経済学者2名にゲストとして出席いただき、有意義な解説をいただいた。

また、今回はインフレーションの定義を(物価の持続的上昇ではなく)「財やサービスの供給に対する貨幣や信用の増加(an increase in the amount of money and credit in relation to the supply of goods and services)※1」としたうえで議論に入った。

・MMTの貨幣論と、アイン・ランドのドル観:
MMTでは、なぜ貨幣に価値があるのかという点について、政府が「納税手段」としてその貨幣を用いるよう定めたからとする。この考え方は、貨幣の価値は主に財やサービスと引き換えにできると人々が信じることに起因するという従来の説とは大きく異なる。

アイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』は、宙にドルマークを描くシーンで完結する。ランドは、

「ドルマークは、自由な取引の象徴であり、そしてそれゆえに、自由な思考の象徴なのです。自由な思考と自由な経済は、互いの帰結なのです。どちらも他方なしには存在し得ません。自由な国の通貨の象徴としてのドルマークは、自由な思考の象徴なのです。」※2

と述べ、納税手段として政府が定めたものが貨幣だという思想とは、議論の接点すら持てないほど、貨幣観に隔たりがあるように思われる。

・USDのインフレーションと未発のクラウディングアウト:
USDのインフレーションは下図の通り過去20年間で3倍以上に上っているが、アメリカではクラウディングアウトが起きなかったという事実がある。

MMTでは、アメリカ、日本、イギリスなどの通貨主権を有する限られた国々は、財政赤字を拡大してもクラウディングアウトを引き起こすことなく、国債の金利も相当にコントロールできるという。また、財政赤字の拡大は、その国民の富を増大させ、物価上昇が起きるまでは、財政均衡にこだわる必要なく量的緩和が実施できるとする。ケルトンは通貨主権を有する中央政府は徴税に頼らず、「必要なだけ貨幣を発行し、給付を実施することを阻む要因は何もない」とグリーンスパン議長の発言を引用しつつ議論を進める。

しかし、ゲストのMr.Lambertによると、通貨発行量が大きく増大しているにも関わらず深刻な物価上昇もクラウディングアウトも生じていないのは、単に時間軸の長さの問題であり無制限に実施できる性質のものではない。そして、MMTの主張はケインジアンの主張と同様で実は目新しいものではないという。

アイン・ランドの『平等主義とインフレーション』:
アイン・ランドは、エッセイの中で

「インフレーションはほぼ誰も理解できないという事実によって可能となった人災です。犯罪にしてはあまりに規模が壮大なため、その大きさが盾となっています。」

と、インフレーションを「人災」「犯罪」という言葉で非難する。
インフレーションは政府と中央銀行が通貨を大量発行することで引き起こすことができ、個々人、法人が有する資産の価値を吸い上げる「見えない税金」「インフレ税」であることは、ランドに限らず多くの有識者が指摘して久しい。

・ディスカッションと感想:
ARCJはランディアンやリバタリアンが参加者の多数を占めることから、MMTに好意的な意見が少ないことは宿命だがMMTには見るべきところがないのだろうか。

徴税による政府資金の調達は非効率的であり、税収額に占める割合は国税で1.67%、地方税で2.55%と、徴税それ自体に多額のコストを必要としているという問題がある。※3 帳簿の操作を行うだけのMMTによる「インフレ税」には、そのような非効率がないという点が、一つの利点であるように思われる。

しかし、徴税は法的根拠を必要とし、コストと苦痛を伴うからこそ政府が民間の富を吸い上げることを困難にする。調達コストが安く、法的根拠を必要としない「インフレ税」にはブレーキがかからない。しかも、インフレ下の状況では、思想はどうであっても個人レベルでは工夫次第で利益を得ることができることから反対する勢力は弱くなる(アベノミクスによる株価上昇はその一例)。強い反対を受けないままに社会の富を少しずつ掠め取る「インフレ税」は、着実に社会の活力を衰えさせるだろう。

また、ケルトンの著作を読み進めると、MMTによる「インフレ税で」ふんだんに確保された資金はインフラへの積極投資、安価な住宅の供給、教育格差の是正、社会保障給付の拡充、手厚い公的退職金制度の整備など、ケインジアンや社会主義者が提唱するような気前のいい世界を描いて見せる。まさにランドがMan’s Rightで「誰の費用で?(At whose expense?)」と問うた空約束のリストと同じものである。
MMT論者は社会主義者と同様に、独りよがりの願望(理想)を盾に、他者の富を政治権力で奪い(徴税)、奪えなければ掠め取り(インフレ税)、集る先や収奪の犠牲者を次々に探し回り、他人の金と能力を勝手に使おうとする人々の亜種であるように思える、というのが率直な感想である。

※1:Collins dictionary.com
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/inflation
※2: PLAYBOYインタビュー:アイン・ランド
https://aynrandjapan.org/page/playboy_interview.html
※3 国税庁「租税及び印紙収入・租税負担率・徴税コスト」
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/gaiyo2003/03.pdf

参考文献:
・『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済学の誕生』ステファニー・ケルトン著 早川書房
『平等主義とインフレーション』アイン・ランド著