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BLOG

2021.10.30

映画と原作の関係──『肩をすくめるアトラス』の映画化をめぐって(その3) ラクウェル・ウェルチ インタビュー

Category : 人物影響
Author : 宮﨑 哲弥

 往年のハリウッドの大女優バーバラ・スタンウィックは、『水源』を一読して感激し、自ら映画会社(ワーナー・ブラザーズ)に働きかけて映画化権を買わせ、ヒロインの「ドミニク・フランコン」を演じることを切望していた。最終的にその役は新人女優パトリシア・ニールに与えられ、彼女の夢は叶わなかったのだが、ランドが描いた《理性》《目的》《自尊心》を備えた美しきヒロイン像は、一流女優なら一度は演じてみたい「永遠の憧れ」なのかもしれない。
 1964年以来、60本以上の映画やテレビ番組に出演したハリウッドのスター女優ラクウェル・ウェルチもまたその一人だった。彼女は、『肩をすくめるアトラス』に感銘を受け、1981年、最晩年のアイン・ランド本人と直接会って、自身が“文芸史上最強にして才色兼備の”スーパーヒロイン「ダグニー・タッガート」を演じる『アトラス』のTVシリーズ化の可能性について話し合った。(個人的には理想のダグニー像は、ドミニク・サンダかジャクリーン・ビセットなのだけれど、それはさておき……)
 ラクウェル・ウェルチといえば、映画史上最強にして最美の(彼女の場合、むしろ「100万年」はおろか「250万年の“サピエンス全史”において最強にして最美の」と称すべきか?)「悩殺系」女優であり、そのゴージャスな美貌とグラマラスな容姿ばかりに目を奪われがちだが、このインタビューでの発言を読むと、本来の彼女がいかに聡明で、自主独立の精神をもった、誇り高きプロフェッショナルであるかということがよくわかる。
 ちなみに、アンジェリーナ・ジョリーをはじめ、アン・ハサウェイ、サンドラ・ブロック、シャロン・ストーン、クリスティーナ・リッチ、アシュレイ・ジャッド、エヴァ・メンデスなど、知的で自立心旺盛なハリウッド女優には今もランドの信奉者が少なくないが、ラクウェル・ウェルチはそのさきがけの一人だったといえるだろう。(インタビューア スコット・マッコンネル、インタビュー日 1998年4月1日)

 

──アイン・ランドとはどのようにして出会ったのですか?

ラクウェル・ウェルチ:私はずっと『肩をすくめるアトラス』に興味を持っていたので、私の代理人を通じて彼女の関係者に連絡を取ってもらっていたの。すると、この本の映画化権を持っている人(註:マイケル・ジャッフェ)がいることがわかり、私はテレビのミニシリーズとしてやりたいと思った。彼女の代理人によると、アインは本の内容を削ることには興味がないというのよ。私は「あら、それなら少なくとも、私が彼女の本に興味を持っていること、そして偉大なキャラクターが登場する素晴らしい物語だと思っていることを、彼女の関係者に伝えよう」と考えたの。彼女が創造したキャラクターは『風と共に去りぬ』の登場人物のように、現実よりも大きく、情熱的でセクシーだと思っていたから。


──『肩をすくめるアトラス』を読んだとき、ダグニー・タッガートを演じている自分を想像しましたか? そこから興味を持ったのでしょうか?

RW:そうね。ダグニーは、とてもモダンで、率直で、教養があって、素敵だと思ったわ。また、非常に女性的でありながら、私と同世代の女性たちを惹きつける「男らしさ」も持ち合わせている。彼女は、独りのプロフェッショナルな女性として、そして私の場合はショービジネスの世界で、起業家としての能力を持たなければならないという新しい時代にいたってことね。私がハリウッドに来た1960年代には、もうスタジオシステムはなかった。私は、秩序のない完全に混沌とした状況に足を踏み入れたと感じていたし、人々は秩序を壊そうと躍起になっていた。アイン・ランドは非常に整然とした論理的思考力を持っていたので、彼女の言うことには私を魅了するものがたくさんあったといえるわね。


──『肩をすくめるアトラス』に興味を持っていることをハリウッドの人たちに話したときの反応はどうでしたか?

RW:私がこの本の話をしはじめると、みんな首を横に振って「そんなの絶対できっこない。トライしたけど無理なんだ。それについては忘れるんだ」と言うのよ。それでも私は、「なぜみんなノーと言い続けるの? なぜどこまでも進んでいこうとしないの?」と言ったのだけれど。第2段階の議論は、アインが誰とも協力しないという考えに基づいていたわね。彼らが言うには、彼女は誰とも協力せず、スピーチの長さなどについて一切の妥協をしないんだと。そうであれば、映画が作られる可能性はないように思えたわ。


──『肩をすくめるアトラス』に興味を持ってから、ミス・ランドと出会うまでの経緯を教えてください。

RW:私は彼女の関係者に電話をかけ続け、彼女の行方を探ったの。ある時、誰かが「ニューヨークでミーティングをセッティングすることができる」と言ってきた。それは素晴らしいと思ったわ。それに、彼女が私の頬骨が高いことから、私をヒロインの一人として見ていると聞いたの。私は、「ああ、それはすごいわ、少なくとも彼女は私の頬骨を気に入ってくれているんだ」と思った。まさかって感じだけど、本当に面白い話だと思えたのよ。


──どうしてですか?

RW:彼女がある特定のスタイルを好んでいることは知っていたので、ある意味でその意見が完璧に理解できたの。彼女が書いているものは頭の中で簡単に思い浮かべることができたし。彼女はとても視覚的な方法で書いていて、とても映画的だった。私はそこがすばらしいと思っていたのだけれど、ついにこのレディーに会って、実際に映画を作る可能性があるかどうかを確認しなければならないときが来た。1981年の初めに、「クオ・ヴァディス」(註:かつて63番街にあった、セレブ御用達のファッショナブルなレストラン。ジャクリーン・ケネディ、フランク・シナトラ、トルーマン・カポーティ、アンディ・ウォーホルらも常連客だった)だったと思うけれど、あるレストランで彼女と会って、ランチだったかお茶をしたのよ。


──第一印象はいかがでしたか?

RW:思っていたよりもずっと高齢で、ずいぶん分厚い眼鏡をかけていたけれど、とても存在感のある女性だったわ。彼女は、私が愛してやまない過去の大女優たち、すなわちジュディス・アンダーソンやジョーン・クロフォードといった舞台の偉大なディーバたちを思い出させてくれたから。会ってみるととても楽しい人だった。ユーモアがあって、キラキラしていて、バイタリティにあふれていた。でも、私が会ったときには、明らかに体調が悪いようにもみえた。歩くのがとても遅かったし。そのことは残念に思ったわ。彼女は最晩年の時期で、とても大変だったのね。


──どんな話をしたのですか?

RW:私は彼女に、あなたの文章にどれほど興奮したか、どれほど私にインスピレーションを与えてくれたか、あなたがどれほど情熱的で献身的だったか、という話をしたわ。私が言ったことは、自分のキャラクターのなかにもそういうものがあって、そういう気持ちをもって刺激を受ける人がもっと増えればいいのにと思うんです、とかね。でも人々はインスピレーションを得ようとせず、何でもかんでも水増しして、誰かを怒らせないようにとか、こうでなければならないとか、都合のいいようにやっているようにしか見えません、そんな話をしたかしら。彼女は、私が彼女や、彼女の書いたものに親近感を持っていて、私があなたと同じ種類の旗に敬意を表していると言いたかったんだということに気づいてくれたと思うわ。
 でも彼女は、この『肩をすくめるアトラス』が映画として成立するかどうかわからないと言ったの。彼女は断片的なものではなく、ストーリー全体を描きたかったのね。彼女はこの作品が映画よりもテレビ向きだと感じていたのだけれど、テレビ関係者が本の内容を全部作ることを認めるとは思えなかったので、彼らに引き渡すつもりはなかったのよ。
 そのため、私のアイデアはかなり潰されてしまったの。彼女は必ずしもそんなつもりじゃなかったと思うけれど。彼女はただ、少しでも妥協したくないからって言っていたわ。それは、彼女が本の中で言っていた「妥協は失敗だ」ということとほぼ同じことよね。私は、「史上最高の人物の一人に、まさしく明白に示された哲学をもった今世紀を代表する偉大な人物を目の当たりにしている」と感じたわ。でも、このプロジェクトを成し遂げることは、至難の業に思えた。彼女を納得させられる人は周りにはいないようだし、私はそのような人にはなれないから。私はただの女優。[このプロジェクトを推進するためには]あまりにも多くの人たちを相手にしなければならないので、それだけで一生涯かかるくらいの大仕事になりそうだった。たとえこのプロジェクトのために残りの人生を費やしても、実現しないかもしれないと思えたわ。
 自分が提案したアイデアが却下されるのを見て、がっかりもしたけれど、あれだけの強烈な個性を持った人に出会えたことは気分を浮き立たせるものがあった。私は、その人の本当の姿を知っている限り、その人と意見が合わなくても構わないと思っているの。ほとんどの人は、自分の本当の姿を見せようとはしない。社会的な行動や、社会的に受け入れられるとあらかじめわかっている答えや、そうした考えの後ろに本当の姿を隠してしまうのよ。彼女の中にはそういうところが見受けられなかった。

──「アトラス」プロジェクトやあなたの参加はどうなったのでしょうか?

RW:何も起こらなかった。彼女は、自分の希望通りに作られる可能性はあまりないと言っていたので、その後、お礼状を書く以外には何もしなかったわ。私はただ、彼女を見守っていた。このプロジェクトについて何か記事を読むたびに、気になってメモしていたけれど、結局何も起こらなかったの。機運に恵まれていなかったということね。
 この先、誰かがやってくれることを願っているわ。もし実現したらすごいと思うけれど、私はもう年を取りすぎているので、ダグニー役はできないでしょうね。


──ミス・ランドは、あなたがダグニーを演じることに肯定的でしたか?

RW:ええ、彼女は肯定してくれたわ。


──他にはどんな話をしましたか?

RW:私は、彼女が少女時代をロシアで過ごしたことを知って、かなりのショックを受けたの。彼女が個人主義的な思想から一切の妥協を許さないという視点を持つようになったのは、私にとっては意味のあることだった。なぜなら、彼女は反-個人主義の国──集産主義者の国──から来たのだから。それが彼女にとっての『アンチクライスト』だったのね。それが彼女のバックグラウンドであることを初めて知ったの。彼女の本は読んでいたけれど、彼女自身についてのことは読んでいなかったのよ。


──具体的にはどんなことを言っていたのでしょうか?

RW:彼女は私に「この国に住むことはとても名誉なことだ」と語ってくれたわ。アメリカに来て、まるで天国のようだったと、そして、ここが未来を形成する場所であると。彼女はロシアを最悪、最低の国だと考えていたのね。
 彼女はまさに彼女の本に出てくるような人物だった。私には彼女がとても情熱的に見えた。私は彼女の会話が彼女の本と同じくらい情熱的であることに驚いたの。彼女はまだ人々のことについてエネルギーを発散していた。人々は、思想の自由と自分の人生をデザインして生きることがどれほどの贈り物であるかを理解していないのだと。アメリカ人は、抑圧されて全体の利益のために従うしかないと言われた経験がないので、人々はそれに気づかないのだと。彼女はそのときも熱心に語ってくれたわ。


──彼女の本に影響を受けましたか?

RW:彼女の登場人物たちは、私が強い精神力と勇気を持ち続けるための、たくさんの励ましを与えてくれた。私は、自分のことを一匹狼だと感じてきたし、自分が演じたいと思う女性像を持っている人間だと思っているわ。多くの場合、人々は肉体的な役柄のために私を必要とするんでしょうけど、私の人格(ペルソナ)は求めていない。彼らはその役を水増ししてキュートにしたがるの。私はキュートな女性なんてけっして好きじゃない。私はいつも女性は非凡で壮大であるべきだと考えているのよ。

 (スコット・マッコンネル編著『100人が語るアイン・ランドの口述史』、ニュー・アメリカン・ライブラリー、2010年  Scott McConnell, 100 Voices ~ An Oral History of Ayn Rand, New American Library, 2010)より