2022.12.31
自由世界で人権のために戦う意義について
大晦日なので、今年の活動の振り返りなど。
特に九月の米国アイン・ランド協会のヤロン・ブルック博士の来日講演については動画をアップしただけなので少しここでも触れておきたい。
ARCJもコロナの影響でここ二年ほどはオンラインでの定例会のみだったが、少しメンバーが増えたこともあって一月、久しぶりにリアルの新年会があった。ランドの作品は、圧倒的に小説が有名だしアメリカでは影響力もあるのだけれど、もう少しランドの論文を読みながら、残っている論文集の邦訳をしたいという話と、日本語の入門書も欲しいと言った話で盛り上がった。
二月から十一月にかけて、定例会では、その訳されていない本から少しずつ論文を読んでいくというわりと地味な活動を続けた。
『水源』、『肩をすくめるアトラス』は面白く、一人で容易に読めるため、読書会は必要ない。
ランドの論文は少し違う。そうした娯楽小説の作家とは思えないほど抽象度が高いためだ。特に認識論や芸術論については重要な概念について理解しきれないままに終わることも多かった。
ただしその中でも個人主義、資本主義論など政治思想になると、ランドの主張は極めて明快。
2020年以降、新メンバーの専門の恩恵も受けながら、アイン・ランドの思想を参照しながら中国・台湾・香港・ウイグル・ロシアの問題を考える回が多くあった。
ランドがほぼ百年前から警鐘を鳴らしてきた権威主義国家の脅威がここへきてリアルに感じられてきたためだ。今日の状況に照らし合わせた時にも、「個人の権利」や「本来の政府」(『セルフィッシュネス(Virtue of Selfishness)』に収録)などの論文の主張は古びることがなく、自由の意義と、権威主義国家の本質を改めて思い知らせてくれる。
そんなタイミングで米国アイン・ランド協会のヤロン・ブルック博士の四度目の来日について打診があったので、この際、現代の権威主義国家に関して、特に人権をテーマに話をしてもらうことにした。
ここ二年ほど、ウイグル・香港、そして中国国内の人権問題についてもはや無関心では過ごせなくなっている。台湾有事の懸念もある。今と、これからの中国についての懸念と不安は日増しに大きなストレスになりつつあると言ってよい。
中国はかつての中国ではない。日々中国の驚嘆すべき生産能力の恩恵を受け、安価な消費の全てがその存在に立脚しているというのに、同じ中国で、自由な香港は消滅し、言論の弾圧が行われ、ナチスレベルのジェノサイドが進行している。
そして今年はじめにウクライナの軍事侵攻があり、戦況は悪化の一途を辿っている。
そうした周辺国の状況についての不安とどう向き合えばよいか考える絶好の機会だ。
なぜいま人権なのか、というトピックについては、ヤロンも快諾してくれた。
ただしアイン・ランドは人権(Human Rights)という言葉は使わないよ、という田村洋一さんからの指摘もあり、個人の権利(Individual Rights)を、周辺国の権威主義国家との向き合い方の文脈で語ってもらうことにした。
中国の人権問題というので、『貧者を喰らう国』の阿古智子教授が東大の研究室との共催を快諾してくれてヤロンの来日のタイミングで九月の開催となった。
その動画がこちら。
権威主義国家の人権について懸念すべき理由はある。
人道的な問題であることはもちろんだ。権威主義国家の中国は、その生産力によって世界の消費者を豊かにしてくれている。その人々によって私たちは大きな恩恵を被っている。
それに加えて、自国民の人権を蹂躙することについて躊躇しない権威主義国家は、他国民に危害を加えることについての罪悪感を持たない。それどころか自国民の権利を軽んじて統治に失敗した結果、他国に侵攻することもままある。
だが、あまり悲観すべきではない理由もある。
自国民の権利を尊重しない権威主義国家は長期的に維持できない。
そして実は軍事的にも自由主義国家に比べて強くはなりえない。誰もソ連の自動車に乗りたがらなかったのと同様、戦車も有能ではない。
イスラエル出身のヤロンは、1982年のレバノン侵攻に従軍していた折にシリア軍が使っていたソ連製のT72を恐れていたが、実は酷く無能だとわかった話をした。
「中国がロシアの状況を見て、勝つことは簡単ではないと考えてくれるとよいが」
さらにヤロンは「この件についてはランドというより自分の考えだが」と断った上で、今の権威主義国家との距離の取り方について整理してくれた。
権威主義国家は、いまだ他国には危害を加えていない国と、明らかな敵国とに区別されるべき。
前者ならば大使館などは置かないなど外交措置は取るべきだが貿易は個人の判断に委ねられる。
後者であれば貿易もするべきではない。北朝鮮などがこちらに入る。
中国は、前者から後者に移行しつつあるように見える。
そして人権侵害が行われているときは声を上げて非難しなければならない。見過ごしていてはならない。香港での言論の弾圧への非難がなされなかったことについて、ヤロンは憤っていた。
残念ながら、ヤロンの話を聞いたことでストレスは減りはしなかった。
だが権威主義国家の脅威、特に東アジアのそれについての認識は、自由主義世界で広く共有されつつあると感じる。
外交的な手段について、個人としてできることはあまりない。
個人としてやれることも限られているが、これからも考え続けることにしよう。
ヤロンとの食事会の席に、草間彌生さんの作品が飾ってあった。
これは有名なアーティストの作品と言ったところ、
「これはアートではない。次の来日時のテーマはアイン・ランドの芸術論にしよう」
コロナ禍も終わっていないし、安全保障の脅威も増すばかりだ。
だが来年は、これほどニュースに心乱されることがないといい、、、
来年は少し時事問題から離れ、ランドの芸術論を。
よいお年を。よい一年になりますように。